写真の人物はポラリティセラピーの創始者であるドクター・ストーン(ランドルフ・ストーン)です。

Randlph Stone

様々なセラピー(療法)が存在している現在にあって、このポラリティセラピーは日本でまだあまり馴染みのないものです。

 

ドクター・ストーンについてここでご紹介させて頂くことで、ポラリティセラピーなどの代替補完療法を身近に感じていただけるのではと思っております。

1890年2月26日、オーストリアにおいて6人兄姉の末っ子としてルドルフ・ボウツ(のちにランドルフ・ストーン)は誕生しました。

 

生まれた直後のルドルフは泣き声を上げることも呼吸すらもせず、そのうえ全く動かなかったためにその場に居合わせた人々から生きていないと見なされて、枕元にはろうそくが灯されました。

 

そして埋葬のために運ばれようとしたそのとき、ルドルフはゆっくりと息を吹き返しました。

 

しかしこの奇跡的な出来事からまだ間もない2歳のころに、ルドルフの母親が亡くなりました。

 

1903年、13歳の少年のときに父親そして姉と共にアメリカへ移住後すぐに、

農場労働者としてウィスコンシン州のタートルレイクにおいて独立して生計を営み始めました。

 

ローマカトリック教会の家庭であったルドルフは、英語に翻訳された聖書とドイツ語聖書とを比較することで英語を習得し、そしてプロテスタントのルター派の牧師になるべく学びました。

 

このときに傾倒していた精神的な探求の過程において、『自分ばかりでなく人の苦しみを解放する手助けをしたい』と、医療従事者としての道を歩む決心をしました。

 

c.f. UKPTA(UK Polarity Therapy Association)

     『about Dr.Randolph Stone - the creator of Polarity Therapy 』の抄訳の要約

世相も不穏な少年時代に極寒の異国の地へ渡り、農作業のかたわら青年期のストーン氏が信条的・精神的な葛藤や悩みを抱えながら真理を求めていた情熱が、生涯にわたり多くの人々に尽くされた歩みの背景にあったことをこの短い逸話から感じられます。

アメリカ・シカゴにおいてストーン博士は50年以上、カイロプラクティック、オステオパシー、ナチュロパシー(自然療法)、ナプラパシーといった医療行為に従事しながら、他の医者や生徒を教えました。

 

その間も健康についての研究および内面的な疑問を追求し、インドや中国の伝統医学・チベット医学・神智学・ヨーガなどを学び、そして現在のポラリティーセラピーを確立しました。

幾年か後には一年の半分をシカゴで活動し、もう半年間はインドにおける患者の治療に無償で携わるようになりました。

 

1973年、83歳のときに後継者に自身の仕事を託して引退した後はインドへ渡り、当地のアシュラム(精神的な修行をする場所)に住みました。

 

そして1981年に91歳と10ヶ月で、長い医療従事者としての人生に幕を下ろしました。

 

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